| 聖なる場所 |
私は、神社やお寺を廻るのが好きで、訪れた場所では色々なスピリチュアルな体験をしています。
そんな不思議な体験や訪れた感想を中心に、ここでは書き綴っていきたいと思います。
⇒京都 三十三間堂
⇒日光東照宮
⇒京都 東寺
⇒赤坂日枝神社(春分の日の出来事)
⇒京都 青蓮院
⇒安倍晴明神社
⇒伊勢神宮
⇒伊勢神宮外宮
⇒皇大神宮「内宮」
⇒月読宮
⇒東京大神宮
⇒日枝神社
⇒中秋管絃祭
⇒神様のご神気
⇒日枝神社「富貴延寿」
⇒日枝神社「富貴延寿」続き
⇒赤坂日枝神社「富貴延寿の時に写した写真」
⇒伊勢神宮「斎宮」
⇒伊勢神宮「内宮」
⇒箱根神社
⇒九頭龍神社
⇒宮島、厳島神社
⇒赤坂 豊川稲荷
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| 京都 三十三間堂 |
4月初旬。
私は京都に行ってきました。
東寺に行き、その後本願寺。西本願寺。
そして翌日に三十三間堂に行きました。
私が三十三間堂に来ましたのは、3年振りだったことに気づきました。
ああ、そうだ。
私は3年前に来たんだ。
その時は自分の行く道が決まらなくて、全くの暗闇を彷徨っていました。
作家を辞めてしまって久しく、一体これからどうやって生きていくのか分からない状態だったと記憶しています。
娘はまだ高校生でした。
自分の進むべく道が分からず、毎日悩んでいました。
そんな中、私は娘と京都に行きました。
そして、なぜか分からなかったのですが、京都中の神社、仏閣を回りました。
何をするでもなく、ただ一心に回りました。
3泊4日の間に回った神社仏閣の数は、小さなものまであわせると30を超えたと思います。
今になって思えば、なぜそんなことをしたのか分かりません。
ですが、その時のことを思い出しました。
もしかしたら、あのときの京都の神社仏閣めぐりが、私の次の人生の羅針盤を回転させたのかもしれません。
三十三間堂には、千手観音様がいらっしゃいます。
http://sanjusangendo.jp/b_1.html
私が行くと、まるで待っていたかのように大勢のお坊様による観音経が流れてきました。
聞いていると、とても心地がいい観音経です。
心に染み入る観音経です。
その観音経を聞いていると、あることに気づきました。
中央の千手観音様が泣いているのです。
涙を流して、泣いていました。
見ると、周りの千体千手観音様も同じように、涙を流して泣いて泣いていました。
心に、観音経が響き、そして涙が溢れてきました。
千手観音様は、ただ悲しくて泣いているのではないのです。
愛の涙を流されていました。
慈悲と慈愛の涙のように、私のは感じました。
人々を救いたいと思う、慈悲と慈愛の涙。
きっと、その涙が人々を救う源になっているのかも知れません。
慈愛と慈悲の波動を感じながら、私は深く感銘し
暫く千手観音様の前から動くことができませんでした。
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| 日光東照宮 |
先日、日光東照宮に行ってきました。
前日に急に思いついて行ってきました。
電車に乗って、ちょっと時間がかかりましたが、とてもいいところでした。
日光東照宮は、私は初めてです。
初めて見た日光東照宮は、驚きの連続でした。
本当に徳川家康さんは、凄い人だったんですね〜。
改めて思いました。
建造物の豪華絢爛さと、壮麗さには、もうびっくり!!でした。
今の日本に、こんな凄い建造物があったのでしょうか?
よくぞ、残ってくれました。
本当に素晴らしい〜。
そんな感謝の思いに溢れました。
そして日光東照宮は、本当に物凄いパワースポットだと思いました。
世界遺産に登録されているようで、海外からの観光客も多かったのですが、観光客の多さなど、全く気にしない日光の山々の神々しいパワーには本当に驚きました。
何で今まで来なかったのかしら?
そんなことを考えながら
日光東照宮を3時間も見てしまいました。
二荒山神社に寄りましたが、ここで発見!
私がよく行く「日枝神社」がお祭りされていました。
日枝さんの御縁で来たのかな?
そんなことを考えて帰りの電車に乗ったときにはもう眠くてぐったりでした〜〜。
熟睡しました。
日光東照宮は、素晴らしいパワースポットです。
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| 京都 東寺 |
京都の東寺を訪れたのは、私は初めてだったと思います。
中学、高校の修学旅行に来たかもしれませんが、覚えていませんでした。
東寺は、私の想像を超えた世界でした。
なぜ一番最初に東寺に呼ばれたのか、分かりませんでしたが、仏様を見て納得しました。
私が東寺の金堂に入ると、ちょうど笛の音が聞こえてきました。
神社のお神楽で聞く、あの笛の音です。
素晴らしい音色で、名手だと思ったほどです。
笛の音は、境内にある「八幡宮」の前から聞こえていました。
清清しい、本当に清らかな音色の笛でした。
まるで私を歓迎してくれているような笛の音でした。
曲は、さくらでした。
その笛の音を聞きながら、薬師如来様を拝観し参拝しました。
とても有難くて嬉しくて、暫くその場から動けませんでした。
そして次に向かったのは「講堂・立体曼荼羅」です。
中央に大日如来像。そして周りを囲むように、仏像が配置しています。
その講堂の中で、時の緩やかな流れを感じました。
そして最後に見たのは、千手観音様です。
圧巻でした。
本当に、空間が違いました。
言葉を失いました。
そこにいるだけで、私は頭がクラクラしました。
波動の違いに、もう絶句でした。
本当に有難い仏様です。
素晴らしいです。
本当に、心がまっさらになりました。
でも、仏様を安置する建物がちょっと傷んでいたのが気になりました。
京都に行かれましたら、ぜひ東寺に行かれてください。
とても有難い仏様が迎えてくれますよ。
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| 赤坂日枝神社(春分の日の出来事) |
今から書きますことは、私が体験したことです。
信じる信じないは、読む方のご自由だと思います。
ということを前置きにしまして、書きますね。
3月20日春分の日は、全国様々な神社で春分祭が行われました。
そんな中でも、私は赤坂の日枝神社に行ってきました。
朝9時からご本殿で「春分祭」です。
自然をたたえ、生物をいつくしむ春分祭が行われると知り、私は、地下鉄に乗って赤坂まで行ってきました。
その時の、巫女さんの舞が見たかったのです。
巫女さんが舞う「四方拝」の一人舞を、どうしてもこの目で見たかったのです。
降りしきる雨の中、私が境内に着くと、もう春分祭は始まっていました。
ちょうど神楽の音楽が流れ、多くの神職さんが神饌「しんせん」を捧げているところでした。
神饌「しんせん」とは
神祇(じんぎ)に供える飲食物。水・酒・穀類・魚・野菜・果実など。
御食(みけ)。供物のことです。
(辞書から引用しました)
私は参拝を済ませると、そのまま黒い幕の外から春分祭を見ていました。
雨がザーザーと降っています。
冷たい風も吹いています。
空の上には、そうです。
白龍様がいらっしゃいました。
巫女の舞が始まりました。
雨が一層激しさを増します。
巫女さんの四方拝が始まると、境内の空気が一変しました。
そして、四方拝を春分の日に舞う意味が、一瞬にして理解できました。
そうゆうことなんだ、、。
一歩一歩進みながら、巫女さんが持っている鈴と扇子で、
四方四神を拝する舞。
そして、強力なエネルギーラインを引く舞。
舞った後から、四方のラインができる。
ご本殿を中心に、エネルギーラインができる。
しかも、巫女さんの全身からは、光りのシャワーが四方に放たれていました。
光りの噴水です。
細かなミストのシャワーです。
その光りのシャワーは、引かれたラインを覆うように天空を覆っていきました。
瞬間、雨が一層激しさを増しました。
天には白龍様が、その舞を喜ぶようにグルグルと円を描いて飛んでいました。
私はその光景を見ていて、ここに呼ばれたわけを知りました。
この光景を見せたかったんだ、、。
凄い。
本当に、凄い。
私は暫く、動けなくなってしまいました。
その光景を見ていたのは、恐らく私だけだったと思います。
他に参拝者もいましたが、何事もなかったように帰っていきます。
本当にこの目で見ても信じられないくらい、
美しく光り輝く光景でした。
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| 京都 青蓮院 |
私が娘と青蓮院に行ったのは、2月19日のことです。
その日は東京に帰る予定でしたので、青蓮院に寄るつもりはありませんでした。
でも偶然乗ったタクシーの運転手さんが
「青蓮院はいいよ〜。青いお不動様がいるんですよ」
という言葉に引かれて、ちょっと寄ってみようかな〜。
そんな感じで行きました。
でも行ってみて、本当に良かったです。
もう、入り口から圧巻でした。
庭の美しさもそうですが、青蓮院の建物の素晴らしさといったら、言葉では言い表せないほどです。
青いお不動様とは一体どんなお不動様なのでしょうか?
私はちょっと、ドキドキして屋敷の中を歩いていました。
丁度シーズンオフでしたので、お寺の中は私と娘の2人だけでした。
寒い朝で、風も冷たく、私たちは震えながら広いお寺のお座敷の中を歩いていました。
途中、広い座敷に出ました。
その座敷を見て、私は「あれ?どこかで見たことがある?」
と、思いました。
そうです。
今朝方、夢の中に出てきた、延々と続くあの座敷とそっくりなのです。
私は暫し、呆然としてしまいました。
確かに、このお座敷です。
綺麗な調度品はありませんでしたが、雰囲気がそうなのです。
「この座敷、見たことあるんだけど、、」
と、私が不思議そうに呟くと、娘が「来たことあるの?」
と聞きながら奥の部屋へと入っていきます。
次から次へと座敷が続くところも、そっくりでした。
「来たことないよ。初めてだもん」
「ふ〜ん」
そんな会話をしながら、私たちは奥の座敷へと進んでいきました。
そんなときです。
私の目を釘付けにしたものがありました。
それは、座敷の奥の床の間にありました「像」でした。
お坊様、和尚様の像が三つ、並んでいました。
その中の一つに、私の目が止まりました。
あれ〜?どこかで見たことがあるような〜?
そんなことを考えていましたが、このときはまだ分かりませんでした。
私たちはそのまま奥の座敷に進み、やっと青いお不動様とご対面をしました。
以下はHPを引用しています。
http://www.shorenin.com/aofudo/
青いお不動様を見たとき、私は
「ああ、ここに来ることになっていたんだ」
と、素直に思いました。
それほど、懐かしさを感じる青いお不動様でした。
でも一見すると、とても怖い感じがします。
でも私には、無限の優しさに溢れているお姿に見えました。
暫くお不動様の前でたたずみ、護摩木に感謝の願い事を書き、
そして青いお不動様の部屋から出ました。
帰りは庭が見れるルートになるのですが、私たちは時間が無かったので
そのまま帰ることにしました。
帰りの廊下を歩いているとき、私の目には美しい絵が描かれている襖が写っていました。
日本の季節を描いたのでしょうか、櫻の花が満開です。
金の襖に桃色の櫻の花が咲いています。
私はその美しい櫻の花に吸い込まれるように、指先でそっと襖に触れました。
本当は触ってはいけないと思いますが、なぜか手が出てしまいました。
その時です。
一つ先の部屋にいた娘が、急に大きな声で私を呼ぶのです。
「お母さん?どこ?今、何したの?」
「ええ?何って、、、襖にちょっと触っただけだけど、、、、」
娘の驚いたような声に、私も驚いてしまいました。
襖に触ったのが、分かったのかしら?
辺りには、私たち以外、誰もいません。
「今、凄い大きな音がしたけど、何したの?」
娘が、私のところまで来て、焦ったように言います。
私は何のことだか分からなくて、頭の中は「???」でした。
「音って、どんな?」
「パンパンって、大きな拍手を打ったような音だった。
壁や天井がパンパンって凄い大きな音がしたよ。
弾けるような大きな音だった。びっくりしたよ、、」
「でも、拍手なんて、打ってないけど、、?」
「でも、辺りに響くような大きな音だったよ。
お母さん、何したの?何かしたでしょう?」
と聞かれ、私は「何かしたかしら?」と、悩んでしまいました。
襖にそっと指先で触れただけなんですけど、、、。
なんで、そんなに大きな音がしたのかしら?
私には聞こえなかったけど?
そんなに大きな音だったら、お寺の方が誰か来るよね?
う〜ん、、、。
何だろう??
考えても分からないので、その場はそのまま帰りました。
でも家に帰って、青蓮院のHPをみていて、私はあることに気づいてしまいました。
私が青蓮院で見た、像の中の一人の和尚様が、私の夢の中に
出てきたあの和尚様だということが分かったのです。
ほほほ〜っと笑いながら、今朝の夢の中に出てきた、あの和尚様なのです。
黄色い袈裟をつけた、質素な感じの小柄な和尚様が、青蓮院の第三代門主慈圓(慈鎮和尚、じちんかしょう、藤原兼実の弟)だったのです。
詳しくはHPを参照してくださいね。
http://www.shorenin.com/info/
私はもう、びっくりしてしました。
写真を見たときは、心臓が止まるかと思いました。
それくらい、驚いてしまいました。
青蓮院では気づかなかったのに、、。
夢の中に出てきたあの和尚様は、実はここの第三代門主慈圓様だったのですね。
だから、私ここに来たんだわ、、。
青蓮院に来たのは偶然じゃなかったんだ。
そうだったんだ。
私は心臓がバクバクするくらい、驚いてしまいました。
こんなことって、本当にあるんだ〜。
信じられない〜〜。
そしてその後、和尚様が夢の中で私におっしゃって下さったことを思い出しました。
限りのない世界で迷ってはならぬ。
今の、自分のできることをすればよい
優しく慈しみに溢れたその言葉は、今でも私の心の支えとなっています。
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| 安倍晴明神社 |
2月18日、東京は晴天。
その日、私は約3ヶ月ぶりに連休を取れた娘と、京都に旅行に行きました。
とても寒い京都の旅は、観光ではなく、神社巡りをしてピンときた神社でご祈祷するのが目的のでした。
新幹線の中で富士山を見た私たちは、最初に何処の神社に行こうかと話していました。
本を読んだりしながら、お互いに話していました。
「じゃあ、最初に何処に行きたいか、一斉に言おうよ」
娘の案に賛成し、一斉に私たちが言葉にしたのは
「安倍晴明神社」
でした。
「ええ?どうして?下賀茂じゃないの?」
驚いて私が聞くと、娘も
「お母さんこそ、八坂神社じゃないの?」
私たちはお互いに顔を見合わせて驚いてしまいました。
これは、呼ばれているかも。
京都駅を降りた私たちは、荷物を持ってそのまま「安倍晴明神社」に向かいました。
「安倍晴明神社」に向かうタクシーの中でみぞれ交じりの雪が降り始め、着いた頃には、空は灰色の厚い雲で覆われていました。
参拝客もこのシーズンは少ないのか、数人しかいませんでした。
まず、鳥居の前で写真を一枚。
私たちはそれから「安倍晴明神社」の境内に入り、参拝をしました。
私は心の中で、ここに参拝させていただきましたことを感謝しました。
娘は、何やら願い事があったようです。
写真を数枚、撮りました。
寒い雪の降る中、参拝を済ませた私たちは、売店に立ち寄りました。
そしてそこで私が欲しかったCDを見つけたので、購入しました。
お神楽の演奏が入っているCDです。
そして暦も一緒に買い求め、売店を出ると、そこは全く違う景色になっていました。
つい今しがたまで雪が降っていて、空には灰色の雲が覆っていたのに、晴天なのです。
日差しが眩しいほどの、晴天になっていたのです。
あ、明るいんですけど、、、?
これには、私も娘も、びっくりしてしまいました。
「何で、晴れてるの?」
「雪、、、降ってたよね?」
「雲、あったよね?」
「今は、晴天なんですけど、、?」
空を見上げると、先ほどまでの灰色の雲がすっかりなくなっているのです。
青空と太陽が、そこにありました。
嘘でしょ??
「なんで?」
娘も不思議ように何度も呟きました。
私も最初は驚いていましたが、やっぱりここに最初に来るようになっていたんだと、納得しました。
もしかしたら安倍晴明さんが、私たちの労を労ってくれたのかも知れません。
よく、来たね。
安倍晴明さんの、そんな声が聞こえてきそうでした。
「ところで、どうして最初に行きたい場所に、安倍晴明神社って言ったの?」
娘に、後で聞いてみました。
すると娘は
「今回に限っては、まずは安倍晴明にお願いするしかないと思ったから、、」
だそうです。
どうやら、大変なお願いごとのようです。
娘の場合、心願成就ではなく、大願成就でしょうか?
そして晴天の安倍晴明神社を写真に写しました。
本当に、まるで違う神社のように写りました。
また、機会がありましたらHPにアップしますね。
それから、境内の安倍晴明を祭っているご本殿を写した写真に、幾つものオーブが写っていました。
娘に見せましたら
「安倍晴明だよ、きっと。私たちが来るの、待っていたのかもね」
と、言っていました。
この写真も近い内に、HPにアップしますね。
京都安倍晴明神社HP http://www.seimeijinja.jp/
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| 伊勢神宮 |
伊勢神宮に初めて行ったのは、忘れもしません、2007年3月22日のことです。
神社巡りを始めるにあたり、やはり伊勢神宮は絶対に外せない、早く行かないと。
何となくそんなことを思いました。
伊勢神宮とは、伊勢の宇治の五十鈴(いすず) 川上にご鎮座の皇大神宮(こうたいじんぐう、内宮=ないくう)と、伊勢の山田の原にご鎮座の豊受大神宮(とようけだいじんぐう、外宮=げくう)及び別宮など125社神社の総称です。
御祭神:豊受大御神(とようけおおみかみ)
御神徳:衣食住をはじめすべての産業の守り神としてあがめられています。
御祭神:天照大御神 (あまてらすおおみかみ)
御神徳:皇室の御祖先の神で、日本人の総氏神とも言われています。
詳しいことはHPを参照して下さいね。
伊勢神宮 http://www.isejingu.or.jp/
私は初め、外宮から参拝しました。
私にとって伊勢神宮はとてもご縁が深く、参拝したときの魂が震えてしまうような感動を思い出すと、今でも涙が溢れてしまいます。
でも私はなぜ、伊勢神宮に参拝したときにこんなに感動してしまうのか、全く分かりませんでした。
第一鳥居を潜り、長い参道を歩きながら私はとても懐かしい思い出に浸っていました。
そして第二鳥居を潜り、御正殿の前に来たとき、その存在感の大きさに私は足が震えてしまいました。
私は初めて魂が震える程の神様のエネルギーを感じ、涙が止まらなくなってしまいました。
御祭神:豊受大御神(とようけおおみかみ)が奉られている御正殿に立ったとき、私肉体を脱ぎ捨てて魂だけの存在になってように感じました。なんという、崇高なエネルギーでしょうか。
参拝した全ての人の感謝のエネルギーに包まれた御正殿は、光に輝いていました。
そして、そのエネルギーを受けた豊受大御神様のエネルギーが更に高まり、日本の国を守っている。
そんなイメージが入ってきました。
私は、胸が締め付けられるほどの懐かしさと、嬉しさと、そしてここにこうして参拝をさせていただいたというご恩と感謝の気持ちで全身がいっぱいになってしまったのです。
もっともっと感謝のエネルギーを放出させたいと思いましたが、何だか肉体がとても重く感じてしましました。
どうしてもっと早く、伊勢神宮に来なかったのだろうか?
なぜ私は今までここに来なかったのだろうか?
ここは、日本の国の故郷であり、日本の国の礎なのに。
そして日本の国を守っている中核でもある。
目に見えない部分で国を守り、支えているエネルギーなんだ。
ああ、なんて崇高で高貴で慈しみに溢れたエネルギーなんだろうか。
一点の曇りもない。ああ、私は日本に生まれて良かった。
本当に良かった。
この自然豊かな日の本の国に生まれ、こうしてここに来れてよかった。
今までは当たり前だと思っていたけれど、四季があり自然があり、水が豊富な美しい国、日本に生まれて本当に良かった。本当にありがとうございます。
本当にこの国に生まれさせていただき、ありがとうございます。
私は、暫く溢れる涙をとめることができませんでした。
今、こうして書いていてもあのときのことを思い出して、やはり涙が溢れてしまいます。
回りには大勢の参拝客がいましたが、もう人目を気にする余裕などありませんでした。
それから私は、なんと4時間も外宮にいました。
離れがたく、もっと豊受大御神様のエネルギーを感じていたかったのでしょうね。
でもガードマンにはとても変な人に見えたらしく、私を不思議な目で見ていました。
怪しい人に見られてしまったようで、、、、。
私が神様のエネルギーに触れて最初が、伊勢神宮の豊受大御神様でした。
その後暫くして、私はある霊能者さんに会う機会があり、前世を見ていただきました。
すると「伊勢神宮が見えます。朱色の長い袴を音を立てながら歩いている姿が見えます。五十鈴川で手を洗っていますよ。貴方は巫女ですね。それも斎宮について伊勢神宮に上がった身分のあり巫女でしたね」
私はその言葉を聞いて、やっと納得したのです。
そうか。
そうゆうことなんだ。 だから私は伊勢神宮に行った時に、あんなに魂を奮わせるほど感動したんだわ。
そうだったのね。私は初めて聞いた自分の前世に感謝しながら、再び伊勢神宮に行ったときのことを思い出しました。
人間は、必ず神様のエネルギーに目覚めるときがあるみたいですよ。
でもその時期を知っているのは、もしかしたら自分自身かもしれません。
私のブログを読んでいることも、もしかしたらそのきっかけになり、目覚めの第一歩になるのかもしれませんね。
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| 伊勢神宮外宮 |
伊勢神宮外宮の御祭神は
御祭神:豊受大御神(とようけおおみかみ)
御神徳:衣食住をはじめすべての産業の守り神としてあがめられています。
伊勢の外宮さんと呼ばれている豊受大神宮を訪れたのは、10月15日の2時ころだったと思います。
豊受大神の境内には、いつもピーンと張り詰めたような透明でクリーンな空気があります。
ここは波動もとても高く、他の神社にはない高貴で崇高な高エネルギーを持っている神宮なのです。
ここに来ますと、私はいつも緊張し、そして深く感動します。
どこの神社でも感じたことがない魂が震えるような感動を、いつも味わうことができるのです。
まずはご挨拶をしなければ、、、と、急いで二の鳥居を潜りますと、神嘗祭のお祭りの白い羽織を着た人たちが御正殿の前に溢れていました。
その様子を見た私は、それでは先にお神楽でのご祈祷をお願いしました。
時間がきて案内されると、広い神楽殿には私が一人いるだけでした。
私は中央に座ると、神職さんの祝詞に耳を傾けていました。
澄んでいて、張りのある声。
神楽殿の中で響くその声と、そして言霊に、私は感無量になってしまいました。
神職さんは、祝詞の中で何度も「櫻子」という名前を読み上げながら、櫻の花の如く〜〜と、即興で祝詞を奏上してくださいました。
私はその祝詞を聞きながら、胸の中が熱くなってくるのを感じていました。
祝詞って、言霊って、本当に人の魂を揺さぶる力があるんだわ。
魂を癒す力があるんだわ。
私だけのために奏上された祝詞を聞きながら、私は心から「神恩感謝」の気持ちを捧げていました。
きっと、私の他に誰もいなかったからでしょうか?
それとも、私が来ることを知っていたのでしょうか?
本当に心に残る、いい祝詞をいただきました。
その後、多賀宮の前で森を写真に撮りましたが、見事に沢山のオーブが写っていました。(HPにアップしています)そして多賀宮を参拝したとき、両目を閉じた私の視界に、金色に光輝く丸い光を放つ玉が見えました。
目を閉じているのに、金色に光り輝く玉が見えるのです。
両目の間の額の部分で見ている。
もう一つの目で見ている、、、、そんな感じでした。
私はよく、カウンセリングの時に透明な映像を見るときがありますが、その時は目を開けたまま意識の中で別の映像が見えるのですが、この光の玉の映像は、両目を閉じているのに見えるのです。
カウンセリングの時に見る映像とは、明らかに違いました。
何だろう、この光は?
凄く綺麗。
本当に丸い玉のような物体が、金色に光っている。
私は暫く両目を閉じたまま、その光を追っていました。
1〜2分ほどでしょうか。私はその場でじっと両手を合わせていました。
光は、す〜っと消えていきました。
あのときの光は何だったのでしょうか?
未だに分かっていません。
でももしかしたら、急いで神嘗祭にやってきた私に対しての労いの光だったのかもしれませんね。
心が洗われ、そして温かく満たされるような金色の光でした。
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| 皇大神宮「内宮」 |
皇大神宮のご祭神は
御祭神:天照大御神(あまてらすおおみかみ)
御神徳:皇室の御祖先の神で、日本人の総氏神とも言われています。
詳しいことはHPを参照してください。
伊勢神宮 http://www.isejingu.or.jp/
16日の早朝6時、内宮に向かおうとホテルをチェックアウト。そしてタクシーを呼んでもらおうとすると、フロントの方が、なんとタクシーは7時過ぎにならないと動いていないというのです。
「うそ〜〜?本当ですか?私、どうしても今から内宮に行きたいんですが、、、」
「でも、この時間はどこも動いてないですよ〜」
「そんな〜〜」
しまった!
ここは東京じゃないんだわ。
予約しとけば良かった。
困っているそんな私の前にタクシーの運転手さんがひょっこり登場。
そして、昨日から予約をしていたタクシーに3人の女性の観光客が乗り込んでいきました。
運転手さんは、私とフロントの方の会話を聞いていたようで、私のことを3人の観光客に話してくれました。
「あの、ご一緒にどうぞと言ってますよ。内宮まで行きますので」
「いいんですか?!ありがとうございます!!」
そんな訳で、私は3人の救世主のお陰で無事に早朝の内宮に参拝できることができました。
神様は凄いな〜。
ちゃんと、色々なことを用意していてくださるんだわ〜。
などと感心しながら、私は内宮の宇治橋鳥居を歩きました。
日が昇り、鳥居を潜った内宮の空気は、心が振動するくらい透明に澄んでいました。
内宮はいつきても本当に、まるで別世界にいるような感じがするのは、私だけでしょうか?
早朝なので、参拝者もまばらです。
私はゆっくりと散歩しながら一の鳥居、二の鳥居を潜りました。
そしてそのまま天照大神様がいらっしゃいます「御正宮」に向かいました。
私は「御正宮」の前に、1時間ほどいたかもしれません。
参拝者もほとんどいませんでした。
何をするでもなく、ただぼんやりとそこにいました。
そして暫くして、大きな木々に手で触れて、どっしりとした大きな存在のエネルギーを感じたり、天照大神様をお守りしているのであろう木々や空気、森羅万象の全てに感謝したりしていました。
ああ、本当に天照大神様は日本の国を支えている、最も尊い存在の神様なんだな〜。
ここにこうして参拝させていただいて、本当に有難いな〜〜。
日本の国に生まれて良かったな〜。
そんなことを思いながら、何枚か写真を撮りました。このときに写ったオーブの写真はHPに来春、アップする予定です。
次に、私は「荒祭宮」に向かいました。
荒御宮とは、天照大神様の荒御魂を祭る別宮で、荒御魂とは神の特別な動きをする状態、または、神が現われた状態といわれています。
「荒祭宮」は、私にとっては全く別の空間です。
または、別の空間に通じる聖域と言ってもいいでしょう。
波動が余りにも高すぎて、時として波動が広がっていく丸い模様が空中に見えるほどです。
その「荒祭宮」の前に立ち、私はいつの間にか「詞」にして、天照大神様に誓いを立てていました。
「私は私の信じる道を、清流のごとく清く正しく、進んでいけば宜しいのですね?自分を信じて、進んでいけば宜しいのですね?」
私の詞に答えてくださるかのように、木々が優しく風になびきました。
私は詞にして、言いました。
「自分の信じる道を進んでいきます。自分を信じて、、、。それで宜しいのですね?」
その問いの答えが、HPにアップしています「荒祭宮」で撮りましたオーブ写真です。
二つの大きなオーブが写っていますが、知人の霊能者さんに見ていただきましたら、やはり天照大神様と、もう一人の天照大神様でした。
もう一人の天照大神様って、誰??と、お思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、その話は次の機会にちょっと書きますね。
その後、私はお神楽をお願いしました。
私の他に、女性ばかりの団体客が三組ほどいましたが、全体の人数は20人ほどだったと思います。
私はその日、白いコートを着ていましたが、ご祈祷が始まると思い、脱いだのです。
でも、なぜか白い服を着ていないといけないような気持ちになりまして、失礼かとは思ったのですが、白いコートを慌てて着たのです。
なぜかは、分からなかったのですが、とにかく白じゃなきゃだめだわ!
そんな気持ちになっていました。
厳かな雰囲気の中、祝詞が奏上されます。
私は神職さんの張りのある声に心を震わせながら、祝詞を聞いていました。
代表者の名前が呼ばれ、それぞれに祝詞が奏上されていきます。
私も住所と「清流櫻子」と、名前を呼ばれました。
「詞」が持つ波動のエネルギーの凄さと愛情の深さに、私は深い感銘を受けていました。
体が自然と熱くなり、胸が愛情でいっぱいになり、そして私の回りの空気が震えているのが分かるのです。
全ての名前を呼び終え、もうそろそろ祝詞も終わるかと思っていたとき、一呼吸置いた神職さんが再び私の名前を呼びました。
「櫻子」
名だけを、呼んだのです。
驚いた私は、神職さんの言葉に思わず「はい」と小さな声で返事をしてしまいました。
「櫻子」
私の名前を呼んだ神職さんは、その後、私のためだけにもう一度祝詞を奏上してくれたのです。
それは、私が初めて耳にするとても古の祝詞でした。
覚えようと思ったのですが、その祝詞が言霊という高次元のエネルギーになってしまって、その高次元のエネルギーをまともに受けた私の魂が共鳴し、振動してしまって、涙が溢れて止まらないのです。
ポロポロっと、大粒の涙が頬を伝い、そのまま白いコートに落ちていきます。
ポロポロっと、まるで滝のように涙が溢れていきます。
自分ではもうどうしようもありませんでした。
言霊の放つ高次元のエネルギーと、私の魂が共鳴してしまった、、、そんな感じでした。
言霊と一緒、空気が丸く波動の波紋を広げて、私の体に向かってくるようでした。
私の為だけに天照大神様に奏上してくださったその祝詞は、30秒ほど続いたと思います。
もっと長かったかもしれません。
結局私は、言霊のエネルギーに魂が震えてしまっていて、何も詞を覚えられませんでした。
その後、巫女の舞が献上されましたが、私はその舞を見ながらずっと涙を流していました。
瞬きもせずに舞を見ているのですが、涙がとめどなく溢れてくるのです。
涙が、止まらないのです。
魂が共鳴してしまって、震えてしまって、深く感動してしまって、どうしても涙が止まらないのです。
見ると、白いコートの裾には、涙で大きな染みができていました。
全てが終わりましたが、私はその場から暫く動くことができませんでした。
お神酒をいただき、涙が残る瞳で見た外の景色は、全てがキラキラと光っていました。
ああ〜、神様に呼ばれるって、こうゆうことなんだわ。
本当に、全ての森羅万象に心から感謝する。
そうゆう気持ちを持てるようになることなんだわ。
本当に、呼んでくださってありがとうございます。
心から感謝します。
今回の伊勢神宮神嘗祭参拝は、本当に私にとって道しるべになるような旅となりました。
全ての森羅万象に感謝です。
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| 月読宮 |
お伊勢様の不思議なお話は、何から書きましょうか。
まずは、不思議なお話から。
今回(10月15日)は、月夜見宮を最初に参拝しました。
伊勢は神嘗祭の最も賑やかなときを迎えていました。
私がタクシーで月夜見宮に行きますと、ちょうどタイミングよく、鳥居の前にいた御神輿が月夜見宮を後にするところでした。
その御神輿は金色の飾りがとてもキラキラとしていて綺麗で、暫く見上げてしまったほどです。
本当に美しく高貴な、そして厳かな御神輿でした。
あと5分、いえ、3分タクシーが到着する時間がずれていたら御神輿に出会うことはなかったのです。
その偶然に、私は心から感謝して月夜見宮を参拝しました。
きっと、神様が見せて下さったんだわ。
私は感謝の気持ちでいっぱいになりました。
次に向かったのは、倭姫宮です。
私は胸をわくわくさせながら、参拝をしました。
そして月読宮です。
宮名とご祭神
(2)月讀荒御魂宮(つきよみのあらみたまのみや)
月讀尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)
(1)月讀宮(つきよみのみや) 月讀尊(つきよみのみこと)
(3)伊佐奈岐宮(いざなぎのみや) 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
(4)伊佐奈弥宮(いざなみのみや) 伊弉冉尊(いざなみのみこと)
ご参拝は(1)から(4)へと順にされるのが一般的です。
詳しいことはHPを参照してください。
http://www.isesyoyu.co.jp/jinguu/betuguu/tsukiyomi.htm
実はこの月読宮で、私はちょっと不思議な体験をしました。
月読宮には四宮が御鎮座しています。
参拝する順序があるようですが、私はいつもどうゆう訳か、奥のイザナミの宮から参拝します。次にイザナギの宮、そして月読宮、最後に月読荒御霊に参拝するのですが、この月読荒御魂宮を参拝し、礼をして、そのまま鳥居を去ろうとしたとき、私の右側の足元に、艶やかに輝く大きな黒猫が一緒に鳥居から出てきたのを見たのです。
私が鳥居を出るのと一緒に、私の右足に寄り添うように黒猫も鳥居を出たのです。
「あ!黒い猫だ!」と驚いてしまった私は、猫を踏んではいけないと咄嗟に避けようと一歩後退しました。
そしてあらためて足元を見たのですが、何もいないのです。
鳥居を出たところで辺りをキョロキョロ見渡したのですが、黒い猫はどこにもいません。
私はその場に立ち止まり「??」になってしまいました。
このとき、私の他に四宮の前にいた人はいません。
「今のは、、、なに??」
私がキョロキョロしていると、団体客が来ました。
私は不思議な思いを抱きながら、月読荒御魂宮の前から去りました。
私はタクシーの中で、思い出しながら考えました。
あの大きな黒い猫は一体何だったのかしら??
私が見たのは見間違い??
幻??
でも確かに黒く艶やかな大きな猫を見たのだけれど。
私と一緒に鳥居の外を出たのだけれど。
本当に何だったのだろう??
黒い猫の意味は、いつもお伺いする宮司様にお聞きします。
ちょっと不思議なお話でした。
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| 東京大神宮 |
次に書く神社は、やはり私にとってとても印象が深かった東京大神宮です。
詳しいことはHPを参照して下さいね。
東京大神宮 http://www.tokyodaijingu.or.jp/intro/
東京大神宮は「東京のお伊勢さま」と称され親しまれていますが、伊勢両宮(内宮と外宮)の御祭神である天照皇大神と豊受大神、さらに倭比賣命を奉斎していることによります。
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
伊勢神宮の内宮の御祭神。国民全ての祖神
豊受大神(とようけのおおかみ)
伊勢神宮の外宮の御祭神。農業、諸産業、衣食住の守護神
【造化の三神】
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
高御産巣日神(たかみむすびのかみ)
神産巣日神(かみむすびのかみ)
倭比賣命(やまとひめのみこと)
実は、私は3月19日に東京大神宮に行ったのです。
そうです、伊勢神宮の三日前に東京大神宮に参拝し、ご祈祷を受けました。
私は、日本の神社を多く巡りますが、その時の直感でご祈祷を受けるか決めます。
東京大神宮もその直感が働き、御祈願しなくちゃ、、、と、思い立ちました。
祈願の内容はいつも 神恩感謝 です。
なぜ神恩感謝なのですか?と、質問を受けますが、理由ってないのです。
今、ここにこうしてご縁があり参拝させていただきましたことに心から感謝します。
日々神恩を受け、私はこうしてこの世の中に生きていることに心から感謝します。
神様に対する感謝をしたい、その一心なのです。
他の願い事って、思い浮かばないのです。
不思議なのですが。
そしてご祈祷が始まりました。
私の他に三名ほど、一緒にご祈祷を受けました。
神恩感謝で私の名前が呼ばれたとき、今まで感じたことがなかったエネルギーを感じました。
私の名前という言霊に乗って、天照皇大神様、豊受大神様のエネルギーが一気に私の中に入ってきた、そんな感じでした。
そのエネルギーはとても分かりやすいもので、私は思わず下げていた頭を上げてご神前を見てしまったほどです。
エネルギーはとても涼しく心地の良いものでした。
この経験が、実は私を急遽伊勢神宮へと向かわせるきっかけとなったのです。
この不思議な経験がなければ、伊勢神宮にはもしかしたらまだ行かなかったかもしれません。
ご縁とは本当に不思議ですね。
東京大神宮は、その後も何度も足を運んでいます。
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| 日枝神社 |
東京赤坂にあります「日枝神社」は、首都東京の表鬼門を守護するとても重要な神社です。日本の首都である東京、皇居を守護している神社の一つなのです。
御祭神は、
御祭神 大山咋神(おほやまくひのかみ)
相殿に鎮まります神々 国常立神(くにのとこたちのかみ) 伊弉冉神(いざなみのかみ) 足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)
です。
私は日枝神社に行くと、いつも美しい山中にいるかのようなおおらかさと清々しさを感じます。
境内は、ここが本当に東京の中とは信じられない、涼やかさと清々しい空気に溢れています。普通の神社とは全く器の違う、土台の大きさとエネルギー量、そして重々しい程の格式の高さを感じます。
初めて日枝神社を参拝したとき、東京や皇居を守護する役目を担う神社のご神気とはこうゆうことなのかと、その絶大なエネルギーの懐の深さに感動したことを今でも覚えています。
決して揺るぎのない比叡山の大きな存在感と、抱かれているような大きな安心感、そして凛とした空気のエネルギーの中に、無限の優しさと厳しさを感じた私は、思わず涙を流してしまいそうになりました。
日枝神社は、近江比叡山登山口に鎮座する日吉神社(日吉大社)とエネルギー的にととても強く繋がっています。そして、比叡山とは更に深く繋がっています。
5月、初めて比叡山延暦寺に行ったとき、比叡山は真っ白い霧に覆われていました。
まるで、高天原が現われたかのような白い霧でした。
他に行きかう車はなく、進んでいる道はそのまま違う次元に行ってしまいそうでした。
ピンッと張り詰めた空気と、比叡山を支えている歴代の高層たちの存在と、お坊様たちの日々のたゆまぬ努力に私は深く感動致しました。
私は神社に参拝したときに直感でご祈祷をする時がありますと、以前のブログで書きましたが、その時に巫女の神前神楽舞があるかどうかを聞きます。もし神楽舞があるようでしたら、多少料金的には高いのですが、神前神楽舞をお願いします。なぜかと言いますと、巫女による神楽舞を奉納すると、神様がとても喜ばれるからです。
その喜ばれているご様子がとても分かりやすかったのは、伊勢神宮の内宮(天照大御神様)に参拝したときに神楽舞のご祈祷をお願いしたときです。その時は、私と娘の二人だけで巫女により神楽舞を「神恩感謝」で天照大御神様に奉納しましたが、その時も本当に喜んでいる様子が分かりました。エネルギーが震えているのが分かりました。
本当に凄いのです。
高波動のエネルギーが空気に振動して振るえるのです。そのエネルギーを受けた時、私は心が震えるのがわかりました。そして、すーっと心地よく涼しい空気が私の回りを包むのです。 ああ、一緒に楽しまれている。神様が巫女の神楽舞がお好きだというのは、本当だったんだ。 私は、何だか一緒に嬉しくなってしまったのを覚えています。
それは東京赤坂にあります「日枝神社」でも同じような波動を感じました。
日枝神社の神職さんのご祈祷は、魂が震えるほど素晴らしかったです。流れるような祭式の一つ一つに神様の息吹を感じました。ここまで完璧に祭式をされる神職さんがこの東京にいらっしゃったなんて、ご祈祷をお願いするまで、私は全然しりませんでした。夢御殿に出てきた瞬間、空気が変わるのです。
次元がかわる、波長が変わる。まさしくそんな感じでした。
ああ、この神職さんは、本当に神様に愛されている神職さんなのだわ。
神様のご意思を受けて、仲介として神様に私たちのお願い事を届けてくださっているのだわ。本当にそう思いました。
神職さんの肩の線一つが違うのです。神職さんを取り巻いている空気が、全く別の空間になっていました。
また、機会がありましたらご祈祷をお願いしようと思います。
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| 中秋管絃祭 |
東京赤坂の日枝神社にて、9月25日(火)午後6時より雅楽の演奏会が行われます。
とても雅な世界が広がります
| 管絃 |
壹越調音取(いちこつちょうのねとり)
賀殿急(かてんのきゅう)
酒胡子(しゅこうし) |
| 神楽舞 |
四方拝(しほうはい)
日枝の舞(ひえのまい)
浦安の舞(うらやすのまい) |
| 舞楽 |
振鉾(えんぶ)
地久(ちきゅう)
桃李花(とうりか) |
浦安の舞は、紀元2600年(昭和15年)を記念し、時の宮内省楽部長 多忠朝氏によって作曲振付されたものです。
「昭和天皇御製 天地の神にぞいのる朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」
浦安とは、心の安らかという意味で平和を祈る心の舞です。古く日本の国を浦安国といったのは、風土が美しく平和であったからです。
詳しいことはHP(http://www.hiejinja.net/jinja/)を参照してください。
とても厳粛で神聖な管絃祭ですので、騒いだりしてくれぐれも神様に失礼のないようにしましょうね。神様に舞を楽しんで頂くという感謝の心で、管絃祭を神様と一緒に楽しみましょうね。
9月25日に日枝神社の中秋管絃祭に行ってきました。
私は中秋管絃祭に行ったのは生まれて初めてでしたが、とてもこの世のものとは思えない程美しく雅で壮麗な世界でした。古式ゆかしい中秋管絃祭。こんなに素晴らしい日本の伝統文化を伝承している神社があるなんて、本当になんて素敵なんでしょうか。まさしく、光源氏の世界です。
「なんて雅で美しく、そして厳粛な世界なのでしょうか。祭式の一つ一つがとても重く感じる。舞姫の一つの動作が、古の平安時代へとタイムスリップさせている。凄い」
私は、舞が一つ終わる旅に、自分の前世を思い出し、どうしても重なるのです。
ああ、何だろう、この感覚は。魂が覚えている。そう、そんな感じなのです。
空を見上げると、満月の月が顔を見せています。客席は満席で、立ち見客もいました。
月見なので、お団子を買い、舞姫たちの優美な世界を堪能しました。
それにしても、本当に日枝神社の巫女さんの舞の美しさと上手さには思わず息をするのを忘れてしまうほどでした。他の神社の巫女さんや神職さんたちも、大勢いらしていました。本当にお見事でした。ありがとうございます
その時に撮った写真には、大きなオーブの写真が沢山写っていました。また見てくださいね。来年もぜひ来たいですね。
こんな素敵は巡り会いをさせてくださった神様に、心から感謝です。
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| 神様のご神気 |
今日は、赤坂にあります「日枝神社」に行ってきました。
私は何か悩み事がありますと、必ず日枝神社に行き、オオヤマクイの神様や八百万の神様と心で会話をしてきます。
でもなぜ日枝神社なのか?
理由を一言で言うならば、そこには神様のご神気がキラキラと光るほどに漂っているからです。
空気が本当にキラキラしているのです。
今日は特別にご神気に溢れていました。
まるで、日の光を浴びてキラキラと光り輝く波のごとく、境内が眩しく光っていました。
私は藤の花の下にある椅子に座り、暫くその夢のような光景を見つめていました。
全国の神社巡りをしていて、私は様々な神社やお寺に行きます。
そんな中でも格別にご神気を感じるのが、赤坂の日枝神社なのです。
ずっとコンタクトをとっていると、日枝神社は京都の日吉大社と繋がります。そしてついには、比叡山の山々と繋がるのです。空気がピーンと張り詰めた、あの霊格のある比叡山です。
日枝神社については後ほど詳しく書きたいと思いますが、赤坂日枝神社は、実は東京や皇居を守護しているとても重要な神社です。
結界と言う言葉をご存知でしょうか?
日枝神社は、実は東京や皇居を守るために必死に頑張っている神社なのです。
結界を張る役目を持った、重要な神社です。
現在は一つの結界が切れてしまい、十分ではありませんが、日枝神社は必死に頑張っています。
だから、私は日枝神社に行きます。
どうか、頑張ってください。どうか、東京が安全でありますように。
私はいつもそんな気持ちで参拝します。
私は以前、日枝神社の上空を四方八方に飛び回る天狗をみました。
天狗は忙しそうに直線的に上空を飛び回り、何かを張っているようでした。
後で、霊能者の方にお聞きしましたら、それは京都の吉野から来た天狗が上空に結界を張っているのだとおっしゃっていました。
日枝神社は本当に重要な神社です。
参拝されたときには、どうか感謝を胸に静に空気をじっと見つめてください。
空気がキラキラと光る光景が見えると思います。
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| 日枝神社「富貴延寿」 |
2月7日は、日食です。
南極で起こる、旧暦新年1月1日の日食です。
とても珍しいようですよ。
普通の日食よりもかなりエネルギーが強く、私は現在も少しづつですが、そのエネルギーを感じています。
今回の日食の意味は、根底的な変化や転換。そして思いもよらない変化があるらしいです。
人との衝突や対立もあるらしいです。
まあ、思いもよらない変化や転換も、今の私にぴったり当てはまっていて、何だか私の人生の縮図をみているようでびっくりです。
そんな強力なエネルギーが溢れている7日に、赤坂の日枝神社で「富貴延寿」の祭事が行われます。
以下、辞書で検索しました。
ふう‐き【富貴】 「ふうき」 [名・形動]金持ちで、かつ地位や身分が高いこと。また、そのさま。ふっき
えん‐じゅ【延寿】 寿命を延ばすこと。長生き。
明日は「富貴延寿」を祝い、巫女さんが「悠久の舞」を舞います。
ゆう‐きゅう〔イウキウ〕【悠久】[名・形動]果てしなく長く続くこと。長く久しいこと。また、そのさま。
悠久の舞とは。
時の楽長多忠朝氏によって作曲作舞された舞楽です。元々は男子4人による舞でした。その後、東京オリンピック開催(昭和39年)を奉祝して、女舞を振り付け、新しい形式の神楽舞として原曲を其のまま使用して神前に於いて舞う機会を得ました。
詠者は宏覚禅師 作で
すえの世の末のすえまで我が国は よろずの国にすぐれたる国
この舞は現在4人の舞姫によって舞われ、春は桜の枝を持ち、秋は菊の花を持って舞われます。(HPより参照しました)
その悠久の舞をご本殿の神様にご奉納するようです。
祭事の開始時間は12時〜です。
なんと、日食のエネルギーが一番強い時間と重なります。
ズバリでございます。
う〜む。
これは行かねばなりませんね。
行って確かめて来なければ、、、。
商売繁盛も兼ねているので、富貴延寿を御祈願したい方は、そっと静に見に行かれるといいでしょう。
去年の年末、私は偶然入ったお店で七福神の絵を買いました。
いつもは絵には全く興味がなく、そんな余裕があったら神社巡りをするのですが、何でしょうか、とにかく買わなくちゃ。
その絵を見たとたん、そんな気持ちになってしまいました。
高いのか安いのかは分かりませんが、額縁とセットで購入し、価格は15000円くらいだったと思います。
龍神様のお船に、七福神が楽しそうに乗っています。
その配色と絵のエネルギにとても惹かれて、思わず買ってしまいました。
その帆に書かれているのが「富貴長命」です。
ってことは「富貴延寿」って、七福神様の祭事なの??
そういえば、私は去年のブログである神社の祭事の中で、白龍様に乗った七福神を見たと書きましたよね?
忘れてしまった方は、過去のブログを見てくださいね。
七福神を見た神社というのが、実は赤坂の日枝神社だったのです。
「富貴長命」と「富貴延寿」
意味はほぼ同じだそうです。
何だかちょっと気になりませんか?
何だか、繋がっているような感じがしませんか?
偶然にしては出来すぎですよね?
ちょっと気になるので、私は明日、何とか日枝神社に行ってみたいと思います。
七福神様に会えるかな〜?
また、何か感じるものや見たものがありましたら、後日報告します。
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| 日枝神社「富貴延寿」続き |
2008年2月7日、本日は晴天です。
何だか朝から元気です。
そして私は無事に赤坂の日枝神社に行きました。
国会議員さんがたくさんいらっしゃっていました。
何だが、重々しい雰囲気です。
そんな中、「富貴延寿」の儀。
この「富貴延寿」の儀をこの目で見て参りました。
私のクライアントさんもいらっしゃっていて、私は一人で見ていたわけではなかったのですが、このブログを読んだと思われる方も何人かいらっしゃっていました。
私は初めて「悠久の舞」を見ました。
最初は男舞であったという歴史が頷けるような舞でした。
凛々しく、艶やかで、そしてまるで何かの結界でも張るかのような舞姫の力強い動きに、私はもう釘付けになってしまいました。
奉納していた舞は、2人舞でした。
でも本当に、一糸乱れぬ、素晴らしい舞で、私は瞬きをするのも忘れてみていました。
全身の毛穴が開く、そんな感じを受けました。
本当に凛々しかったです〜
雅やかで美しいというよりも、凛々しく、そして力強い舞でした。
ありがとうございました。
おみくじも引きました。
最初は小吉でしたが、何も考えずにくじを引いたことに気付き、心の中で問いかけながらもう一度だけ引きました。
すると今度は大吉でした。
それも、以前にも一度引いたことがある、大吉でした。
七宝浮図の塔 高峰頂上に安んず
衆人皆仰望す 等閑の看をなす ことなかれ
一言で読みますと、神道を信じて貴方の道をいきなさい。信じていきなさい。です。
とても素晴らしいことが書いてありました。
有難いことです。
舞姫の舞を見た私は、その後にご祈祷を受けようと思っていました。
時計を見ると、12時30分を過ぎたところです。
なんか、このまま行けば、私のご祈祷はもしかしたら12時55分??などと想像しながら、ご祈祷の受付に行きました。
そして想像通り、私が本殿の横の夢御殿の中に入ったのは、ちょうど50分ころでした。
やっぱり、ぴったりでした。
ここに来ることになっていたのかしら?
そんなことを考えながら、ご祈祷を受けました。
ご祈祷中は感謝の思いで胸がいっぱいになってしまって、思わず泣いてしまいました。
もう一人、神恩感謝の方とご一緒でした。
願意が一緒でしたので、ちょっと嬉しかったです。
お神酒を頂き、神饌やお札が入っている袋をいただき、私はとても満足して夢御殿を出ました。
そして神恩感謝のご祈祷が終わり、夢御殿から出てきた私は、もう一度本殿に行き「ありがとうございました」と、感謝の参拝してから帰ろうとしました。
そんなときです。
とても不思議なことが起きました。
本殿前の階段を降りて、私が何歩か歩いたとき、チャリーン、、というお金が落ちた音がしました。
私が歩いた直ぐ後でその音がしたので、私は思わず立ち止まり、後ろを振り返りました。
私の背後、50センチほどのところでしょうか、金色に光輝く五円玉が一つ落ちていました。
でも私はお財布は仕舞ったままだし、コートのポケットにもお金を入れる癖はないし、おれ?どこから落ちたの?
あれは、私の五円玉じゃないよね?
回りを見ても、私の背後には誰もいません。
あれ〜??
どうゆうこと??
そんな風に考えながら、磨き石の上で光っている五円玉を見ていました。
すると、私の直ぐ横を通り過ぎた一人の女性がその五円玉をしゃがむようにして拾い、私の前に歩み寄り「はい、落としましたよ」と言って、わざわざ持ってきてくれたのです。
私は女性の掌で光る五円玉を見て
「でも、その五円は、私のものではありませんが、、」と、言いました。
すると、その女性は
「でも、貴方が歩いた後から、落ちてきましたよ」と、言うのです。
私も一瞬、そうかな?と思っていましたので
「そうですか?」と、思わず聞いてしまいました。
女性は
「はい、そうです」と言って、にこやかに笑います。
「、、、でもどこから落ちてきたのでしょうか?」
「どこからでしょう、、、?」
と、私たち2人は不思議そうに言って、思わず空を見上げました。
女性2人で、本殿の前で空を見上げていた私たちって、何なんでしょうか?
でもその時に見上げた空は、雲ひとつない本当に綺麗な晴天でした。
まさしく、スカイブルーです。
その後、私はその五円玉を女性から手渡されました。
お賽銭箱に入れようかな?と一瞬思いましたが、参拝の後に拾ったのだから、持って帰りなさいってことなのかな?
と思いまして、五円玉を頂き、そのまま神社を後にしました。
何だか、五円を拾ってご縁を頂いたような、とても幸せな気持ちになりました。
しかも、私が拾ったのではなく、わざわざ全く見ず知らずの女性が拾って、手渡してくださったのです。
本当に、私は大きなお土産を神様から頂いたような気持ちになりました。
見れば見るほど、不思議な五円玉ちゃん。
貴方は、一体何処からきたの??
などと、そんなことを考えながら帰りの電車に乗っていましたが、このときある重要なことに気付きました。
日枝神社からいただいた神饌やお札が入っている袋の中を見て、あれ?
あれ?
御札が入っていないんだけど、、、?
御札が、ない!!
なんで?
いつからないの??
私は袋の中を探しましたが、何処にもありません。
あるのは、昆布茶と削り節とお神酒のお酒、です。
家に帰った私は、どうしようか迷いましたが、神社の方にお聞きしました。
すると、もう一人の神恩感謝の方と間違えて、お札を作らなかったらしいのです。もう一人の方は、厄除けの神恩感謝でしたので、お札はいりませんと言っていたそうなのですが、それが私もいらないと伝わってしまっていたようで、、、。
その後、どうなったかといいますと、私がいないご神前で神職さんが再度祝詞を奏上し、巫女さんが舞って下さったようです。
誰もいない夢御殿で、私の御札の為だけにもう一度ご祈祷をしてくださったのです。
なんということでしよう。
ということは、私は2月7日に2度も神恩感謝でご祈祷をしたということになるのです。
しかも、同じ神社で、、、。
あの日食の2月7日に!!
こんなことがあるんでしょうか?
それがどうゆうことなのかは分かりませんが、私はこんなことは初めてでした。
本当に不思議なご祈祷と、五円玉でした。
五円玉は、今、家の神棚に載っています。
日枝神社の御札は今、私の家の神棚で優しく私を見守ってくださっています。
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| 赤坂日枝神社「富貴延寿の時に写した写真」 |
日食の話に繋がりますが、その日、私は赤坂の日枝神社で「富貴延寿」の儀を見ていました。
舞姫の舞「悠久の舞」をカメラで写真に撮ったのですが、後でパソコンで見てびっくり!!
舞っている巫女さんの姿が、何と原型を留めていないのです。
動きの激しい物や高速で回転しているようなものを写したときって、その原型を留めてないですよね?
シューって、線になっているような感じで。
舞を舞っている巫女さんを写した写真は、そんな不思議な写真ばかりになってしまいました。
枚数は10枚ほど写したのですが、舞姫を写したほとんど全ての写真が、人の形をしていません。
たとえるなら、そうですね、電波が写っているようなそんな感じなのです。
でも電波って、実際に写真に撮ることってできませんよね?
でもその写真を見たとき、私は確かにそう思いました。
巫女さんの形が、そこにないのです。
写っているのは、掠れたような無数の線です。
私は巫女さんの舞を何枚も写真に収めていますが、こんな写真になってしまったのは初めてです。巫女の舞は動きの激しい舞ではありません。
本当にゆっくりとした動きの舞です。
中には、袴がちゃんと映っているのに、足が写っていない写真もあります。足、何処にいっちゃったんでしょうか?
舞っているときに、物凄いエネルギーが日枝神社のお社に集中して、舞っている巫女さんがいる次元が、一瞬、違ったのでしょうか?
宇宙根源のエネルギーが集中し、まるで、違う次元の世界を写したような写真を見て、私は改めて今回の日食の重要性を知りました。
(写真は時期を見て、不思議な写真にアップします)
何かが終わって、何かが始まる。
そんな予感がします。
果たして、2008年はどんな年になるのでしょうか?
今から、ドキドキです。
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| 伊勢神宮「斎宮」 |
1月14日〜16日まで、私は伊勢神宮に初詣に行ってきました。
今回も本当に様々なことがありました。
一体何から書いてよいのか、、、。
本当に、私が来るのを待っていたかのように色々な出来事があるんですよ〜。
そして私が今回、なぜ伊勢神宮に行ったのか、その意味も分かったような気がします。
これからじっくりと書いて行きますが、猿田彦神社、月読宮は勿論、今回は伊勢神宮の外宮、内宮だけではなく、伊勢神宮の別宮である伊雑(いざわ)の宮や斎宮歴史博物館。瀧原宮や二見興玉神社の前を通って夫婦岩まで行くことができました。
本当に充実した旅となりました。
無事に参拝させていただきましたことに、天照大御神様には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
14日は、斎宮歴史博物館をじっくりと時間をかけてみることができました。
斎宮歴史博物館 http://www.pref.mie.jp/saiku/hp/nani/nani.htm
斎宮(斎王)とは、私や娘の前世で深く繋がっていたので、とても興味がありました。
斎(いつき)の宮の女官として、私は伊勢に入ったことがある前世があると、以前霊視で言われたことがありました。今回の旅の目的に、斎宮の歴史に触れたいという希望がありました。
でも伊勢神宮からは遠かったので、中々行けずにいました。
ですので、斎宮の歴史博物館行き、等身大の人形で作られている斎宮の姿を見たときには、体が震えるような思いでした。
祈る斎宮の後ろ姿を見て、私は「知ってる」と、心の中で呟きました。
私、この姿の斎宮を見たことがある。
見覚えがある。
確かに、そう思ったのです。
そして暫く、その場を動くことができなくなってしまいました。
斎宮のこの後ろ姿を、良く知っているのです。
どこで見たのか、分かりません。
でも知っている。
そんな懐かしい感覚でした。
斎宮跡の古墳から出土された様々な土器を見ていると、体はじんじんと熱くなってきました。
体の心が熱いのです。
手が、ビリビリっと痺れるような感じがしました。
私はこんな感覚は初めてでした。
土器が、私に向かってエネルギーを発しているかのようでした。
斎宮のビデオを見ながら、斎宮ゆえの辛さや悲しみ、そして多大な責任を感じました。
斎宮って、なりたくてなったわけではないんですね。
国の為、民の為に一心に神に祈るために生きている斎宮の存在を、とても身近に感じ、思わず胸が熱くなってしまいました。
斎宮の群行については、ウィキペディアを参照しました。
斎宮は葱華輦(通常は天皇・皇后だけしか乗れない特別な輿)に乗り、いよいよ伊勢へ出発する。一行は斎宮以下長奉送使(斎宮を伊勢まで送り届ける勅使)を始め、官人・官女以下およそ五百人に及ぶ大行列であった。平安時代には都から伊勢までの行程を「群行(ぐんこう)」と呼び、平安京から勢多(ここで発遣の儀の時に挿した櫛を外す)、甲賀、垂水、鈴鹿、一志の五つの頓宮で禊を重ねながら、五泊六日の旅程で伊勢に到着する。特に垂水頓宮と鈴鹿頓宮の間の鈴鹿峠は厳しい山越えで、道中最大の難所であった。
ということで、その群行の映像や資料を見て、なる程〜と納得しながら、時間の経つのも忘れて見入っていました。
斎宮は、何泊もして群行をして伊勢に入ったんだ〜。
斎宮は大変だったんだね。
お付の女官も大変だったんだ〜。
そんなことを考えていると、あっという間に一日が終わってしまいました。
そしてホテルに帰り、部屋に入りました。
さて、ここからが私の群行となってしまいました。
臭い!
なんか、部屋の空気が臭うんだけど。
灯油臭いんだけど?
私は臭いと音にとても敏感で、特に灯油系の臭いは耐えられませんでした。
エアコンの噴出し口から臭っています。
暖房に灯油を使っている?
私はお茶を飲みながら30分ほど我慢しましたが、だめだ!
私には我慢できない!
頭が痛くなってきた!
そう思い、フロントに電話をかけました。
「すみません。エアコンなんですが、灯油使っていますか?」
私の問いに、フロントの男性は「今からお部屋の方に伺います」と言って電話を切りました。
否定していないってことは、やっぱり暖房に灯油を使っているんだわ。
ホテルの人は、他のお部屋をご用意しますといってきました。
ですが、暖房が原因なら他に部屋を移っても一緒なので、他の別館にしてくださいとお願いすると、そのようにしてくれました。
部屋に入って30分。
私はお茶を飲み、お菓子を食べると、南館から本館へと移動しました。
本館は、今までの部屋よりもグレードアップしたお部屋でした。
最上階だし、きっと気を使ってくれたのね〜。
中々いいホテルですね〜。
などと思い、お茶を一服。
臭いはしないかな〜?
私は一休みをして、温泉がある別館のへと車に乗って行きました。
あ〜、さっぱり。
温泉だったから気持ちよかったな〜。
と、心も体もさっぱりと、気持ちよく部屋に帰ってきましたが、部屋に入って唖然。
やっぱり部屋の空気が灯油臭いのです。
別館になったのに、なんで臭いの??
私は再びフロントに電話をかけました。
「あの〜。やっぱり部屋が灯油臭いんですが、、、」
と、そこで、お風呂に入ってきた別館のことを思い出しました。
別館は、ちょっと離れたところにあり、純和風の佇まいです。
温泉はその別館にあり、そこまではホテルの車で移動するのです。
そういえば、確かお風呂があった別館は、エアコンだったわ。
エアコンのスイッチがあったから、こちらの暖房と違うかもしれない。
「今、お風呂に入ってきた別館は、臭くなかったんですが、暖房はこちらとは別になっていますか?エアコンですよね?」
私が聞くと、フロントの男性は「はい、その通りでございます」とのことでした。
私は迷わず言いました。
「すみません。そちらにお部屋を変えてください」
「かしこまりました、只今、ご用意できるか確認を致します」
ということで、私は2時間ほどの間に、3部屋もお部屋を変えていただきました。
お部屋というよりは、場所でしょうか?
考えてみると、まるで伊勢に上がるまでに転々と宿を歩く「群行」のようです。
しかも、各部屋でお茶を頂き、お菓子まで食べていました。
一服し、一休みする間もなく、再び部屋を移動〜。
本当に「斎宮の群行のようだわ!」と気付いたのは、夕食を食べてからでした。
明日は伊勢の外宮に行こうと思っていました。
そして明後日は、内宮。
その前に、群行をしてきてね。
多分、そんなことなのかもしれません。
それにしても、気持ちよく(?)3回も部屋を提供してくださったホテルの方には感謝します。ありがとうございました。
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| 伊勢神宮「内宮」 |
2008年1月16日。
私は伊勢参拝の最後として、神宮(内宮)のお神楽祈願をお願いしました。
その日は、なぜかバスでの団体客が多く、私が今まで行った伊勢神宮の中でも一番に混んでいました。
バスガイドさんが手に持っている旗をみると、○○神社様ご一行。というように書いてあります。
なるほど。
地方の神社の新年参拝と重なってしまったんだわ。
そんなことを思いながら、お神楽を申し込みました。
私の名前が呼ばれたので神楽殿に入ると、もうそこにはスーツ姿の男性や女性の参拝客でいっぱいでした。
150人くらいは入っていたと思います。
今日は本当に混んでいる。
私は驚きながらも一番後方に、皆さんとは離れて座りました。
ご祈祷が始まりました。
神職さんが祝詞を奏上します。
そして参列者の名前を読み上げます。
その時、私は思わず「??」となりました。
読み上げられているお名前は、清酒酒造会社の名前ばかりなのです。
株式会社○○酒造会社〜〜。
一社、二社なら偶然なのかしら?と、思いますが、その時は神職さんが次々と清酒酒造会社の会社名を読み上げていきます。
数えると、30社を超えていました。
日本の清酒酒造会社のご祈祷の中に、私だけが個人で入ってしまったようなのです。
私は一番後方に座り、どうしよ〜!と、思いましたが、もう遅いです。
だって、名前を呼ばれたし、、、。
そんなことを思い、焦っていると、最後に私の名前が呼ばれました。
「清流櫻子」
その名前を聞いたとき、私はあることに気付いてしまいました。
美味しい清酒には、清流のような水が必要になります。
清らかな美味しい水が必要になるのです。
そうか。
そうゆうことなのか。
私は一人で納得してしまいました。
偶然、清酒会社のご祈祷に紛れてしまったのではなくて、こうなるようになっていたんだわ。
清流櫻子が呼ばれたんだ。
清酒を造るために、清流櫻子の清流が必要なんだわ。
だから、このご祈祷の中に入ったんだ。
たった一人だけ、個人の名前を最後に呼ばれた私は、神様のなさなることには本当に参りました!と、心の中で思っていました。
必要な時期に、必要なところに行くようになっている。
そうなっているのです。
私は神様の手のひらの上で、コロコロと転がされているのかもしれません。
巫女さんのお神楽が始まりました。
世にいう大和舞とはちがい、神宮独特の優雅な乙女舞です。舞女が緋色の長袴に、白羽二重の千早をつけ、紅梅を飾った天冠を頂き、右手に五色の絹をつけた榊の枝を持って、楽師等の歌にあわせて4人で舞いました。
そして次に神職さんの舞が始まりました。
人長舞でした。
人長とは神楽人の長のことで、人長が榊の枝に御鏡を模した輪を取り付けたものを、右手に持って一人で舞う古式ゆかしい典雅な舞です。
私はこの人長舞を見て、涙が溢れるのを止めることができませんでした。
なぜか、とても懐かしい気持ちが溢れてしまって、ポロポロと涙を流しながら見ていました。
大神楽は初めてではないのに。
なぜ今日はこんなにも、涙が溢れてしまうのでしょう?
なぜ、こんなにも懐かしい感じがするのでしょうか?
自分でも分かりませんでしたが、もしかしたら斎宮の跡地に行ったことと何か関係があるのかもしれません。
今は分からないけど、きっと後になって分かるのでしょう。
私は酒造会社のご祈祷に呼ばれた(?)お陰で、大神楽を見ることができました。
やった〜
天照大御神様には、本当に感謝致します。
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| 箱根神社 |
2008年9月28、29日の一泊で娘と箱根神社に行ってきました。
娘も久しぶりの休みでしたので、本当に喜んでいました。
箱根に行くのであれば、ぜひ箱根神社に行かなければ、、、、ということで、お昼ごろ箱根湯元駅にに着いた私たちは早速箱根神社に向かいました。
箱根湯元からタクシーで20分ほどで着きました。
天気は晴れの予報でしたのに、なぜか曇り空。
しかも、タクシーから降りたときには雨がポツリポツリ、、、。
あれ〜〜?
もしかしたら龍神様が大集合かな??などと考えながら娘と参拝を済まし、そのまま階段を降りて湖の鳥居まで行きました。
雨はすっかり上がっていましたが、この日は風も強風で、夏服では寒かったです
娘は湖の中にある鳥居が珍しいと思ったのか、強風にもめげずに鳥居の写真を撮っていました。
その時、私たちの他にご夫婦の旅行者がいましたが、私たちが湖を眺めている間に帰っていきました。きっと寒かったのでしょう。
湖や周りの景色はどんどん雲が覆ってきて、雲が湖の湖面まで迫ってきそうな感じでした。空は暗く黒く、風は強風で、湖は真っ暗でした。
山間には、白い龍神様のような雲が連なっていました。
「お母さん、龍神さん呼んだでしょ??」
娘は呆れたように言いますが、実は私はあの水晶を持っていたのです。
そうです。あの白龍の透明な水晶です。
なぜ持ってきたのか分からないのですが、ボストンバックの中に忍ばせていました。
「水晶なんか持ってくるからこんな荒れた天気になっちゃって〜〜。今日は晴れマークだったのにな〜〜。それにしても凄い風なんですけど〜〜」
娘が鳥居の間に立ちながらいいます。
今にも湖の中に飛ばされそうな程の風の勢いでした。
そんなときです。
私たちが未だに信じられない体験をしたのは。
私たちは暫く湖を見ていました。もう寒いし、帰ろうか、、、そう思ったときです。
「お母さん、見て!!」
娘が突然叫ぶので空を見ると、太陽が突然雲の切れ間から顔を覗かせたのです。
でもその太陽の光は、私たちが今まで感じてきた光とは全く違いました。
眩しいのは当たり前なのですが、暗闇を一変させるほどの強烈な光だったのです。
私も娘も驚いて、慌ててシャターを押して写真を撮りました。
私はデジカメで、その光を浴びて銀色に光り輝くキラキラした湖の陽の姿と、未だに暗い闇に覆われた陰の世界との境界線を写した写真を二枚とることができました。
そして娘は、携帯で写真を撮りました。
その時の、空と雲の様子を写した写真は、「不思議な写真」にアップしています。
その閃光のような光のシャワーはほんの数秒だけ、私たちに降り注いでくれたのです。
回りは辺り一面、暗いグレーの世界。
でも私たちがいる、ほんの一部分だけは眩しいほどの光のシャワーに溢れていたのです。
本当に信じられませんでした。
「綺麗!!凄い凄い!!信じられない〜!!」
「光だ〜〜。凄い綺麗!ここだけ光ってる〜〜!!」
私と娘は歓喜の声を上げて、その数秒間を体験しました。
その時に撮った写真を見て、私と娘は絶句しました。
まず、娘が携帯で撮った写真です。
空から降り注ぐ光のシャワーが写っています。
薄い、グリーン色の光のシャワーです。
そして鳥居の前を走る閃光。
一体なんなのでしょうか、この美しいオーロラのような光は?!
そしてもう一枚は、真っ白な光を放つ雲を、紫色の回りの雲が取り囲んでいます。
まるで、SFの世界のような空でした。
そして私が撮った写真は、湖が二つに別れています。
光と闇を表すかのように、陰と陽に分かれている湖面は何を訴えたいのでしょうか?
一直線に光のラインが出来ています。
まるで、何かを分けるラインのようです。
「この写真って、、、凄くない?」
「、、、、多分、凄い」
私と娘は自分たちが撮った写真を見て、自分の目を疑いました。
自分たちが経験したことが、本当に不思議な信じられないことなのだと実感しました。
私も色々な写真は撮りますが、こんな写真は始めてでした。
一体、何がどうなってしまったのでしょうか??
私もまだ、自分でも信じられない感じです。
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| 九頭龍神社 |
28日の箱根神社での不思議体験をした後、私たちは興奮冷めやらぬ気持ちを抑えられないまま、これからどうしようか??と、お休みどころでうどんを食べながら考えていました。
まだホテルのチェックインまでには時間があるし。
「九頭龍神社に行ってみる??」
私が言うと、娘は「行く〜〜」と、うどんを食べながらご満悦。
「でも、ちょっとここからだとかかるかもよ。一度行ったことがあるけど、ずいぶん歩いた記憶があるから」
「別にいいよ、歩いても」
ということでしたので、私たちはそのまま九頭龍神社に向かうことになりました。
タクシーを呼んで乗り込み
「九頭龍神社までお願いします」というと、運転者さんは
「あそこは随分歩くよ〜。車で入れないんだよ。でもいいよ。今日は特別だ。貴方たちは奥まで車で乗せていくよ。何だか乗せていかないといけない感じがするよ」
と、快くそのままず〜っと奥まで車で入ってくれました。
「いつもは入らないんだよ。見つかったら怒られちゃうから」
「そ、そうなんですか?!」
「でもいいよ。ちゃんと近くまで乗せていくから」
運転者さんはそう言って、私たちを九頭龍神社のすぐ近くまで車で乗せて行てくれました。
いよいよ九頭龍神社に到着しました。
誰もいません。
まるで、別世界でした。
「ここが九頭龍神社か〜。誰もいないね。いいね、ここ静で。湖が触れるんだね」
娘は、とても九頭龍神社が気に入ったようです。
嬉しいのか、「豊栄の舞い」の歌を歌い始めました。
豊栄の舞いは、結婚式で巫女さんが舞う、とても喜ばしい舞のようです。
その歌を歌ったのです。
湖の静かな波は、その歌を喜んでいるかのように揺れていました。
誰もいない静かな空間が、とても神秘的に感じました。
さっきまではあんなに暗かった空も、今では少し明るくなっていました。
そして参拝し、写真を何枚か撮りました。
不思議なことに、以前来たときにはオーブは写らなかったのですが、今回は沢山オーブが写りました。
なぜなのでしょうか〜??
それから、ちょっと歩いて白龍神社に行きました。
「ここは、更に静だね〜〜」
娘は、そう言って白龍神社のお社を見つめました。
私も実は、ここの白龍神社は大好きです
とても静で大きくて、そして美しい。
古の白龍様は、何もしません。
何もいいません。
私がこちらに参拝にきても、姿を見せることはまれです。
何も言わず、伝えず、ただじっと、人間の生き様を見ているのです。
九頭龍様が「動」なら、こちらの白龍様は「静」です。
私はここの白龍様が大好きです。
そして以前、九頭龍神社を訪れたときとは何かが違うような気がしました。
何だろう??
それが何なのか、あまり深く考えませんでした。
後になって分かることが多いからです。
久しぶりに行った九頭龍神社は、とても「喜ばしい」「嬉しい」空気に溢れていました。
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| 宮島、厳島神社 |
厳島神社(いつくしまじんじゃ)は、広島県廿日市市の厳島(宮島)にある神社です。
1400年の歴史をもち、宗像三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)を祀っています。市杵島姫命は神仏習合時代に弁才天と習合していて、江ノ島・竹生島とともに日本三弁天の一つとされています。
詳しいことはHPを参照して下さい。
私が思いついたように宮島に行ったのは、2008年4月3日です。
この時期の私は、時間ができたら直ぐに思いついた神社に行く。
なぜか分からないけど、神社に行かなければ。
行くことが私の今後にどのように繋がっていくのかは分からないけど、今は神社に行って神様に感謝を言わなくては。
とにかく、感謝しなくては。
そんな気持ちでいっぱいでした
厳島神社は大変美しい神社でした
海の中に立つ、朱色の見事な鳥居は今でも記憶に残っています。
でも社殿の中に入ったとき、私が最初に感じたのは、感動ではなく騒々しさだったのです。
朱色の廊下を靴を履いたまま入る為に、ガタガタっと音がして何だかちょっと音が気になってしまいました。
平安時代そのものの雅さと優美さを要しているのに、観光客が靴を履いたまま音を立てまいと気遣う様子がなく、大騒ぎをして廊下を歩いていることに何だか私は悲しくなってしまいました。
なんだか社殿内を靴を履いたままガチャガチャと歩くのは、傷をつけているようで何だか勿体無いな〜〜
そんなことを思ったのを覚えています。
本殿では、ちょうど結婚式を挙げていました。
私は歩くのを止めて、結婚式を見つめました。
厳かな雰囲気の中、式は進められ、、、、のはずなのですが。
やはり、観光客が大騒ぎをしながらガタガタっと廊下を歩く靴の音がどうしてもその厳粛さを壊してしまっているような気がしました。
う〜ん。
なんだかちょっと想像と違うような、、、。
もっと静にしてあげないと、神様に申し訳ないような、、、、。
私は気を取り直し、せっかくここまで来たのだから神恩感謝でご祈祷をしよう。
そう思いました。
私ともう一組のご家族の方がご祈祷を待っていました。
そして御祈願が始まり、私は視線を一点に集中してしまいました。
御祈願をする神職さんの祭式が、とても素晴らしいのです。
祭式の一つ一つに、心がこもっている。
神様を敬う心があるんだわ。
私はちょっと感動してしまいました。
そして私の名前を呼んでいただきました。
その時、今まで全く感じなかった厳島神社の三女神様のエネルギーを感じることができたのです。
しかも、とても波長が強い(高い)のです。
こんなエネルギーは今まで感じたことがありませんでした。
頭がクラクラします。
クラクラ〜〜
正座をしているのが辛くなるくらい、頭の中がクラクラするのです。
そのまま倒れてしまうのではないかしら?
そう思うくらい、三女神様のエネルギーは強烈なものでした。
三女神様は、本殿のずーっと奥にいらっしゃったのです。
そしてもしかしたら、私が来ることを知っていたのかもしれません。
その後、私は倒れそうな体を引きづりながら、近くのホテルに直行しました。
そして倒れるようにベットへ、、、、。
その後、二時間ほど眠ってしまった私はやっと起き上がりました。
まだちょっと頭がクラクラ〜。
夜、神社から頂いたお守りを開きました。
そして手に持つと、先ほどを同じエネルギーが私を包みました。
お守りも凄いかも〜。
クラ〜〜
とても大切な体験をさせていただいた厳島神社でした。
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| 赤坂 豊川稲荷 |
赤坂にあります「豊川稲荷」のことを書きます。
豊川稲荷に行ったのは、娘の一言がきっかけでした。
「豊川稲荷に行きたい〜」朝、起きてきた娘がいきなり言うのです。
「なんで豊川稲荷なの?」驚いて私が聞くと
「理由は分からないけど、豊川稲荷に行きたいな〜と思って、、、」
娘がそんなことを言うときには、何かあるかも?
知人に連絡を入れると、一緒に行ってもいいよ〜とのこと。
仕事が休みの娘に、何も予定がない私。そして、偶然にもスケジュールが空いていた知人。
三人揃って豊川稲荷に行くなんて、、ちょっと偶然ですね。
そんな私の偶然を遥かに超えることが、豊川稲荷で待っていました。
赤坂の豊川稲荷の駐車場に着くと、まだ私たちが車から降りない内に、まるで待っていたかのように一匹のトラ猫がボンネットに飛び乗ったのです。
車から降りた私たちはびっくり!
そのトラ猫は、ここが気に入った〜言わんばかりにボンネットの上で寝てしまったのです。どうやら、お供え物を売っているお店の飼い猫のようでした。
「すみませんね〜」
「いえいえ、大丈夫です」
すると、他の参拝者がボンネットの上のトラ猫を見て喜んで来ました。
「あら〜ここにいたの?探したのよ〜。この猫はね、撫でるとご利益があるって有名なのよ!テレビにも出たことがあるんだから〜」
「そ、そうなのですか、、、」
ボンネットの上でお眠りモードの猫を撫でながら、私たちは顔を見合わせていました。
ちょっと、別のことを考えていたのです。
ああ、この猫は、私たちが今日ここにくることを知っていてここで待っていたんだわ。
そう、思っていたのです。
可愛いトラ猫をそのままにして、お店でお供え物を買い、本殿へと向かいました。
そして本殿に上がり、お供えものを上げて参拝したとき、なにやら本堂の中で始まる気配が。
そうです。
なんと、ご祈祷が始まったのです。
しかもお坊さんは9人もいて、なにやら本格的なご祈祷が始まってしまったのです。
最前列に座っていた私たちは「やっぱり、呼ばれたよね〜」と思いながら、そのままご祈祷を見ていることにしました。
ご祈祷が始まりました。
とたんに、私の頭の中には一つの映像が浮かびました。円形の航海図のような、地図のようなものです。色は茶色で、銅版のようでした。
表面にはオルゴールの音色を奏でるような突起物があって(穴が開いているのかもしれません)その円形の航海図のようなものは右に回転しながらその譜面を奏でている、、、。
円形の中心から外に向かって一本の線が引かれていて、その線は「現在」を意味していて。 そ、それから、、、、未来に向かって右回転していく航海図は、何だか人生の航海図のようでした。
未来のオルゴール?
人生の地図のような?
それから?
その先を読もうとしても、お経の声が遥か彼方の天から聞こえているような感覚で、考えられなくなってきました。
お坊さんたちの声が、遥か上の空間から聞こえるのです。
その声を聞いていると、頭がグルグルでクラクラするのです。
航海図は高速で回転し、それを見ていた私の頭はクラクラ〜〜。
次元の高い空間に引っ張られる、、、そんな感覚です。
横の娘を見ると、なにやらウキウキで楽しそう、、、。
そうよね、娘は楽しいよね。
もしかして、オルゴールが見えて、頭がグルグルでクラクラしているのは私だけ??
呆然とそんなことを考えていると、ご祈祷が終わりました。
娘は 「わ〜いい、おみくじ、ひくぞ〜」
と大はしゃぎです。
参拝を済ませ、車に戻ると、トラ猫は車の下で寝ていました。
お店の人が、降ろしてくれたのだそうですが、やっぱり車から離れるのが嫌で、ずっと下で待っていてくれたようです。
トラ猫を抱き上げると、それは満足そうな顔で笑いました。
その後、私は家に帰っても頭がクラクラで起きていられなくて、そのままベットに、、、。
元気いっぱいの娘はその横で、なんとゲームをしていました。
あの空間にいて、何ともないとは、、、。
聞くと、知人もご祈祷の後は頭がクラクラしていて、家でずっと寝ていたそうです。
やっぱり、、、。
でも娘だけが、元気百倍!!
「なぜなのかしら?」
「あの子は、波長の高い空間に慣れてるからね〜〜」
「そうですか〜」
とにもかくにも、とても不思議な感覚を味わった赤坂の豊川稲荷さんでした。
頭がクラクラ〜です〜〜。
「未来予知?」
先日、富士山に行った時に「ウインレイクヒルホテル」というホテルのラウンジでお茶をしたときのことです。
ロビーに入ったとたん、私の目にある物が入ってきました。
「あれは、、なに?」
ホテルのロビーに、何やら私の目を釘付けにしてしまうものがありました。
それは、年代物のオルゴールでした。
回っているのは、直径50センチ以上はある、銅でできた丸い大きなオルゴールの版でした。
オルゴールの版には一本の線が乗っている。
うん?どこかで見たぞ、この映像は、、。
穴が無数に開いていて、その穴に針が入って音が出るオルゴール。
どこでこのオルゴールを見たのかな?
どこだっけ、、?
「あれ?このオルゴールの版、どこかで見たことがあるような?」
じっとオルゴールを見た私は、思い出したようにはっとしました。
思い出しました。
ブログにも書きましたが、私は以前、赤坂の豊川稲荷に娘と知人の三人で参拝に行きました。
その時に、偶然にもご祈祷が始まり、私の頭の中にいきなり浮かんできた映像。
それは、航海図のような丸い銅版にブツブツと穴が開いた(突起物がある)オルゴールのような版が、クルクルと右に回転している映像でした。
目の前にあるオルゴールの銅版は、懐かしい音を奏でながら右に回転しています。
私はオルゴールの版を見て、思わず小さく叫んでしまいました。
「これだわ!これ!このオルゴールを私は見たの!これだわ!」
そうなのです。私が豊川稲荷で映像としてみた航海図のような銅版が、ここに現実のものとして存在しているのです。
しかも、そっくりです。
そこにあるのは、私が見た通りの映像でした。
私はびっくりして、息が止まりそうでした。
そうしてここに私が見た映像の物があるの?
なぜなの??
どうゆうこと??
もう、本当に驚いてしました。
自分の記憶を自分で読み解いていく自分。
そんな感じでした。
そして気付いたのです。
豊川稲荷で見た映像は、私の未来を予知する映像だったのだと、、、。
そうです。
このオルゴールは、富士山に行く私の未来の姿を予知した映像だったのです。
私は、豊川稲荷に参拝したときから、富士山に来ることになっていたんだわ。
そしてこのウインレイクヒルホテルに入ることになっていた。
このホテルには偶然お茶をするために入っただけなのに、、、。
きっと、ウインレイクヒルホテルに入ってこのオルゴールを見つけることも予知していたのでしょう。
偶然が偶然じゃないってことなのでしょうか??
自分の身に起きたことが、本当に信じられませんでした。
不思議なことって、本当にあるんですよね。
富士山に行かれたときには、ぜひ「ウインレイクヒルホテル」に寄って、私が未来予知で見たオルゴールの版を見てくださいませ〜。
富士山 ウインレイクヒルホテル http://www.winlakehill.com/
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